衆愚政治

新年あけましておめでとうございます。

本年は日本にとって大変な1年になると思いますが、あきらめずに正しいと考える事を訴えていきましょう。

昨年12月のチャンネル桜の討論「ヨーロッパ解体と野蛮の台頭」、拝見された方も多いと思います。

私的には、現在の世界情勢やその裏事情など、多種多様な話が出て、非常に勉強になりました。

ただ、残念なのは、3時間目の27分からの小浜逸郎さんの安倍政権批判からの議論です。

どうやら小浜逸郎さんの懸念通り、水島社長の前では安倍政権批判はやっちゃあいけないことになっているようです。

さて、私がこの討論で一番気になったのが、水島社長の「衆愚政治と言う、民主党を選ぶような国民ですよ」と言った一言です。

そこで私は「ん?」と思う訳です。

そもそもなぜ民主党政権に変わったのか、変えようと日本国民の多くが思ったのでしょうか。

1991年にバブルが崩壊し、その後日本経済は低迷を続けることになります。その事態に対応する為自民党政権は1996年からの橋本内閣の「6大改革」、2001年からの小泉内閣の「聖域なき構造改革」と次々と新自由主義的政策を行う事となります。その結果、正規社員は減り、非正規社員は増え、社会保障費は削減され続け、2002年には「いざなみ景気」という好景気が訪れますが、一般国民にはまったく実感を伴わないものでした。その後2008年の世界金融危機による企業の「派遣切り」によって19万人の非正規社員が失業しました。そうした事を体験することによって日本国民は今までの自民党政治が企業優遇、国民軽視の政治であり、格差拡大の政治であると感じたのだと思います。

つまり日本国民は、実際の政治によって導き出される経済状況を肌で感じることによって、自民党政治にある種の危機感を覚えたのです。決して、その場の「ノリ」で自民党政治に「NO]を突き付けたのではないのです。

その後の民主党政権の体たらくによって、またまた日本国民は自民党政権を待望する事となります。それと共に、なぜ、自民党政治に「NO」を突き付けたのか、その理由について日本国民全体での合意形成を図っていなかった為、新自由主義的政策に対する警戒感が薄れてしまっていたのです。

そして安倍自民党も狡猾でした。巧みに日本国民に警戒感を与えないような選挙戦術を駆使することによって、まんまと日本国民を騙しきったのです。

その後の安倍政権が何を行っているかは皆さんご存知の通りです。

そもそも衆愚政治とはどういったものなのでしょう。ウィキペリアにこうあります。

「判断力が乏しい人間に参政権が与えられ、その愚かさゆえに互いに譲り合いや合意形成が出来ず、政策が停滞してしまったり、愚かな政策が実行されてしまう政治」

そう考えてみると、「民主党」であろうが「自民党」であろうが、今となってはどちらを選ぼうと「衆愚政治」だと言えそうです。そうならないためには完全無欠な政党なり候補者が存在する必要があるわけで、それを望めない以上、民主政治とは常に「衆愚政治」と後で評されるものであって、それを非難したところで始まらないものだと言えそうです。

そうであるなら、我々は、これからどう行動すべきでしょうか?

民主党などという愚かな政党を選んでしまった我々「衆愚」の民は、またまた安倍自民党などと言う日本国家、国民社会を破壊する新自由主義的政策にのめり込む愚かな政党を選んでしまった訳です。そしてその愚かな選択は完全無欠な政党、候補者が存在しない以上、我々民主主義の国の民に運命づけられたものであり、その選択を悔いても仕方ありません。

ただ考えてみるに、我々は「衆愚」の一員としてこれからも愚かな選択をし続けるわけですが、かって新自由主義的政策にのめり込み日本社会の破壊を進めた自民党政権から民主党政権に交代させたように、その愚かな選択もどこかしらで軌道修正しようとする日本国民の思考の力があるようにも思えるわけです。

そうであるならば、近いうちに軌道修正を図る日本国民の思考の力が働くのではないかと、期待しているのです。

そして軌道修正を図る力がある国民が行う政治は決して「衆愚政治」などではない、とも実は思っているのです。


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  • コテヤン@どうやら管理人
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「衆愚政治」のコメント一覧

  1. 1
    holyfirework 灯火  :

    おっしゃる通りですね。
    日本人は、正しく状況を知ることが出来れば、正しい判断を下すことが出来る民族です。
    問題なのは、そうした国民の想いを受け留めることの出来ない政党にあると言えるでしょう。

    国民が選挙で政治家を選ぶとき、普通は、人(人柄)か、政策で選びます。
    しかし、議員が保身のために政党を渡り歩き、政権を取った政党は、平気で公約を反故にしてきました。これでは、国民はえらびようがありませんし、政治に期待もできません。
    かといって、小選挙区制度は新党にとって厳しい制度なので、理想的な新党の誕生というのも、絶望的です。私達はこれからも、ダメダメな政党の中から、一番ましな政党に投票するしかないのでしょう。

  2. 2
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    論として納得できる部分が大半です。
    ・・・大半ですと書いたのは、私自身が未だに「経世済民を考える新党」を切望し、恋焦がれているからかもしれません。
    これは「白馬に乗った王子様」を恋い焦がれる、乙女の気持ちに似たものなのかもしれませんね。
    大半以外の一部は私自身が「現実を直視できない、いやしたくない」と考える部分のような気がします。私自身、結構自分を理想主義者だな…と思わないでもありません(*ノω・*)テヘ

    新年と酒の夢に酔った私には、この記事は良い気付け薬になりました(笑)
    でもあと一日は酔わせて頂きますですwそれから頑張りますw

    国民的な多数決や世論が常に「合理的」とは限らない以上、いやむしろ「不合理にうつる」ことが多々ある以上、それが少しでも良い選択になるよう、言論があるのかもしれません。
    言葉には力がある、そう私達は信じて言論を続けることに意義があるのかもしれません。

    ブルーオーシャン&進撃さんのスケールアップを目指して、少しでも「ありのままの事実と考察」の言論と議論が広まることを目指しましょう。手探りですがw

  3. 3
    baiannmidareame やす  :

    >>灯火さん

    そうなんですよ。

    政治に対する選択肢が…酷いのです。

    国民から政治に対し、きちんとした要望を発信するべきなのでしょう。

  4. 4
    baiannmidareame やす  :

    >>コテヤン@どうやら管理人さん

    >日本国民は民主党政権を誕生させた時、自民党政権によって自分たちの住む社会が変容してゆくことへの恐怖を感じてはいたが、それが行き過ぎた新自由主義政策によるものだという認識は持っていなかった。

    つまり行動は正しかったが、その理由をきちんと認識することをしなかった。

    その理由させ認識できれば、「経世済民を考える新党」の登場は必然でしょう。

  5. 5
    やまねろん  :

    本文を受けて、少し違う解釈で2点意見を述べさせて頂きます。

    ①【現況の日本で「衆愚政治」となってしまったのは必然】
    4回目のコラムでサラっと触れたことになるのですが
      日本:多神教 ⇒ あるものはある ⇒ 他の存在を認めた上で融和を図る 
      欧米:一神教 ⇒ 二項対立的   ⇒ 「正義」を求め・掲げ他の存在を殲滅

    すっ飛ばして述べると、この宗教的土台から派生して、物事への態度が「井戸端会議的」か「ディベート的」に分かれていると思います。したがって、政治に対する態度も
      日本:否定はしないで、なんとなーくな総意で解決策を見出して行こうする
      欧米:何が正しいか、解決策はどうするかをディベートゲームで決めて行き、勝者が総取り

    これが持ち合わせていた性質だったとすると、近代化は基本的に全て「欧米流」を輸入しているわけなので、ちゃんと元の性質の違いを分かっていないと、上手く運用出来ない事態に陥るのは当然だと思うんです。
    つまり、まだ「近代化をきちんと土着化出来ておらず、錯綜迷走混乱中」ってことに!

    ②【育てる意識と土着化させる意識が必要なのでは】
    江戸時代のやり方に戻すわけにも行きませんし、近代化を知ってしまった以上、戻ることも最早不可能です。また、貿易を行うのですから、海外とそれなりに付き合って行く必要がある以上、「欧米流」を採り入れる必要性はあります。
    だがしがし、「欧米流」なんて、元来「残虐で横暴で傲慢でジコチュー」なやり方であり、日本流から見たら無粋の極み。洗練さの欠片も無いんすよ! 年月を経て少しずつ洗練されて行ってはいますけど。

    なので、もっと日本流の「井戸端会議的」な方へ寄せるか、向かない流儀につき、少数精鋭で「欧米流」流派を育成するかのどっちかが良いのでは、と思いました。

  6. 6
    baiannmidareame やす  :

    コメントありがとうございます。

    仰られている事を拝見し、改めて・・・欧米流って、ヤなやり方ですよね(笑)

    >なので、もっと日本流の「井戸端会議的」な方へ寄せるか、向かない流儀につき、少数精鋭で「欧米流」流派を育成するかのどっちかが良いのでは、と思いました

    国内は日本的なものをきちんと残しつつ、対外交渉の為に「エリート」を育成ですか・・・。

    昨日の「坊ちゃん」というドラマ観ましたでしょうか?嵐の二宮君主演でした。有名な小説ではありますが読んだことがない私は楽しく拝見しました。その登場人物に「赤シャツ」なるものが出て来るのですが、これが帝大出のエリートという役柄なのですがヤナ奴でして・・・ま、物語の敵役なのです。(最後に二宮君扮する坊ちゃんにぶん殴られるのですが、いいドラマでした。)

    何が言いたいのかと言いますと、「エリート教育」なるものも、「エリート」として教育を受ける己に課せられている「義務」を自覚させる教育なり、社会的合意なりが無い場合、現在の財務省のエリート官僚のように、自国の人々にはエリート意識丸出しで傲慢に振る舞い、アメリカのような強国には媚びへつらう有様になる訳でして・・・。

    やはり日本が取るべき道は、日本人全ての底上げを図ることではないかと思います。

    つまりは「井戸端会議的」なもの、になっちゃいますかね。

  7. 7
    baiannmidareame やす  :

    6のコメントは

    やまねろんさん宛てです。

    ありがとうございました!

  8. 8
    やまねろん  :

    >>やすさん
    >欧米流って、ヤなやり方ですよね
    そうなんですよね。「他を殲滅」と「勝者が総取り」が無ければイイんですけどねー。
    分析や探究、解決法を探る上では日本流よりも優れている面が多いんですよ。衝突を生みやすいのと視野が狭くなりがちなのは難点ですが。

    >「坊ちゃん」
    すみません、そのドラマは観ていないです。加えて小説も、国語の教科書で一部出て来たのを……うん、全く覚えていません。

    指摘されて思い出しました! やすさんの懸念って、既に明治から起こっていたようです。

    大原孫三郎、大川周明、俳人のどなたかに関する書籍を読んだ際に、大学教育、軍人、役人、政治家それぞれに能の低い割に傲慢な人がわっさわっさといて、派閥争いやら権力闘争、デカ面競争に熱心だったそうです。
    ついでに服飾史の本だったと思うんですが、確か日本初のデパートが出来た際に山縣有朋が述べた言葉が「この程度の店なら、庶民が堕落することはないだろう」みたいな内容だったかな……。しっかり覚えているのは、読んだ際に「それはお前自身がそうだからかっ!」と心の中で叫んだこと。
    ふとした時の言葉に本音って漏れ出ますから、「地方武士から成り上がって、豪遊して堕落した自身の様を投影しているのかなー」と思った次第です。

    一方、キリスト教、イギリスの教育、明治にやって来た外国人の外交官達に関する書籍からは、向こうのエリート様方が傲慢チキなのは、階級だけでなくキリスト教の影響もあり、中世から変わらぬ様子みたいです。
    クズっぷりは日本の上位層より、向こうの方がずっと凄腕っぽそうですよ。

    人格の面でも優れていたエリートさんって、大体が〝キズ持ち〟や苦労人っぽいんですよ、様々な書籍から判断するに。
    医師の方で、自身が入院してみるまで、患者の気持ちや不安がわからなかったと白状していた方もいますし。「賢者は歴史に学び、愚者は経験から学ぶ」ではなく、「賢者は経験や歴史から学び、愚者は経験からも学べない」の方が正しいんじゃない? と近頃思います。

    大分脇道が長くなりましたけど、歴史は繰り返す、じゃあアカンですね。明治・大正の頃は「庶民にも学問の普及を~」って上位層もいたんだけどなー。

    しかし「日本のエセリートは欧米に比べてダメ」というのが事実なだけに、他人事ながら「腹立つからどうにかしてぇ!」とも思うので、庶民も上位層もより良く育てて行く方向性を目指したい私は、とっても欲張りです。

  9. 9
    baiannmidareame やす  :

    >>やまねろんさん

    >医師の方で、自身が入院してみるまで、患者の気持ちや不安がわからなかったと白状していた方もいますし。「賢者は歴史に学び、愚者は経験から学ぶ」ではなく、「賢者は経験や歴史から学び、愚者は経験からも学べない」の方が正しいんじゃない? と近頃思います

    その通りですよね(笑)

    私の友人に、非常に強健な体を持っている者がおりまして、その彼が小学生の夏休み、友人Aと海で泳いで遊んでいたらしいのです。すると遊んでいた友人Aが腹が痛いので帰ると言いだしたそうですが、今まで何一つ病気もしたことがなかった彼は、それを頑として許さず夕暮れまで付きあわせたらしいのです。すると、なんとその友人A、思ったよりひどかったらしく、すぐさま入院。

    彼曰く、それを知って「冷や汗が出た」との事。

    案外、人間って己に降りかからねば、簡単な事も理解できないのかも知れませんね。