思想の奴隷

「経済学者や政治哲学者たちの発想というのは、それが正しい場合にもまちがっている場合にも、一般に思われているよりずっと強力なものです。というか、それ以外に世界を支配するものはほとんどありません。知的影響から自由なつもりの実務屋は、たいがいどこかのトンデモ経済学者の奴隷です。虚空からお告げを聞き取るような、権力の座にいるキチガイたちは、数年前の駄文書き殴り学者からその狂信的な発想を得ているのです。こうした発想がだんだん浸透するのに比べれば、既存利害の力はかなり誇張されていると思います。もちろんすぐには影響しませんが、しばらく時間をおいて効いてきます。というのも経済と政治哲学の分野においては、二十五歳から三十歳を過ぎてから新しい発想に影響される人はあまりいません。ですから公僕や政治家や扇動家ですら、現在のできごとに適用したがる発想というのは、たぶん最新のものではないのです。でも遅かれ早かれ、善悪双方にとって危険なのは、発想なのであり、既存利害ではないのです。」

              ケインズ「雇用、利子、お金の一般理論」

良く知られたケインズの言葉ですが、始めてこの言葉を知ったとき「なるほど!」と手を打ちました。なぜなら現在日本を奈落の底に叩き落としつつある「新自由主義的政策」、これなどは少し冷静に考えれば、すでに富を蓄えている者達が、もっともっと富める為の自分勝手な方法をもっともらしく言い募っているとしか思えないからです。

「政府の市場への介入を排除し自由な競争をさせ全ては市場に委ねるべきだ。」と言う理論から「民営化」、「規制緩和」、「法人税減税」が導き出され、それをもっと説得力を増すべく「財政健全化」を打ち出します。それだけでは一般国民が今一つ納得しないので「アメ」もあるんだよ。と考え付いたのが「トリクルダウン理論」です。富める者達をもっと富ませば、その恩恵が滴り落ちるように貴方達にも降り注ぐんだよ。と言う訳です。

人は自己正当化の為ならば百でも「言い訳」を思いつくものです。こういった経済学を思いついた人間がいる事に気付いた富める人々の感激たるや、なんの関係のない私でも容易に想像がつきます。後はその考え方を世間にそれっぽく権威付して広めてゆくだけです。有りがたい事に戦後ブレトンウッズ体制により人々は繁栄を謳歌しており、人々は過去の行く過ぎた自由化による惨憺たる有様をすっかり忘れ果てていました。

富める人達の支援を陰に日向にと受けたであろう「新自由主義経済学」を唱える人たちは年々増加し、ついには「主流派」と呼ばれるに至るのです。

そういった経済学を正しいと教わって来た世代が今世の中を動かしています。ケインズの言う通り彼らの多くはそういったトンデモ経済学者の奴隷となっているのですが、ただ彼らの多くはそれで得をする立場なのですから、仮に科奴隷万歳と叫びたいと思っていたとしても不思議ではありません。

さて、現在日本のかじ取りを担っている安倍総理ですが、彼もどうやら、というよりどっぷりと奴隷の立場を楽しんでいらっしゃるようです。自分の周りも奴隷の方々で十重に二十重に固めながら、自分自身がドリルと化し「新自由主義経済学」をこの日本で開花させる決意に燃えているようです。

先日、「進撃の庶民」ブログで「<ヤンの字雷>エレノア・ルーズベルト曰く狭量な人たちは人々について話す」のコラムにおいて

「偉大な人たちはアイデアについて話し、凡庸な人たちは出来事について話し、狭量な人たちは人々について話す」

と言う言葉を教えていただきました。

私はいたく感銘を受けました。その通りです。今安倍総理によって「新自由主義政策」をどんどん推進され日本社会は大変なことにありつつありますが、これは安倍総理一人の問題なのでしょうか。安倍総理の責任を追及し彼を失脚させれば日本は救われるのでしょうか。どうもそうではなさそうです。なにしろ新自由主義経済学は「主流」なのです。次の総理も今のままでは安倍総理と同じように「新自由主義政策」を正しいと信じて推進する可能性は高そうです。

それでは、私たちは一体どうするべきなのでしょうか。

私はこう考えます。安倍総理はトンデモ経済学者の奴隷となっている可哀そうな人だが、彼を総理の座にこのまま居続けさせるわけにはいかない。彼を引きずり落とすことによって、多くの奴隷たちに、このままでは国民の支持を得られない事を知らしめるべきである。ただ、ここで問題なのはその経済学によって損をさせられている人々にも奴隷が多く存在するということです。私たちはこのトンデモ経済学は間違っているという事を、その損をさせられるにも関わらず奴隷のままでいる人々に知らしめなければなりません。しかし残念ながら私たちの声は小さすぎて彼らには届きません。私たちには拡声器が必要です。拡声器とは一体何でしょうか。新自由主義経済学がトンデモであると論理的に説得力を持って語ることが出来、メディアに登場し多くの人々に知られている、ある程度以上の影響力のある人物の事です。もちろんその拡声器もまだまだ少しの影響力しか持っていませんが、あるものは有りがたく使わせていただくべきなのです。

私たちは新自由主義経済学というもっともらしく、その実自分達の利益の為の思想を世界に広めた、其のアイディアについて議論せねばなりません。そのトンデモさを人々に理解してもらうアイディアをこそ考えるべきなのです。

確かに新自由主義経済学の奴隷となった安倍総理が悪い。その安倍総理を総理になるべく支持するよう訴え、安倍総理の権力基盤を強化することになるにも関わらず自民党を応援する三橋さんも悪い。そして、そういう行動をとっているのに、相変わらず三橋さんを擁護する私も悪いのです。

しかし、私たちは狭量になってはいけないのです。安倍総理を総理の座から引きずり落とすべく行動しつつも、安倍総理には総理として敬意を払わなければなりませんし、三橋さんの自民党寄りのスタンスも彼の考えや立場などから来ることだと尊重しなければならないのです。そして私、自分では何も出来やしないのに偉そうなブログを書き散らかす。それもご愛嬌だと笑って許すべきなのです(笑)

つくづく考えるのに、どうせ奴隷になるのならば、自主独立を目指し、国民の力を等しく向上させるような経済学の奴隷になりたいものです。


このユーザーがいいねしています

  • コテヤン@どうやら管理人
  • holyfirework
  • まさ

「思想の奴隷」のコメント一覧

  1. 1
    holyfirework 灯火  :

    そうですよね。
    特にトリクルダウン理論なんて、日本一熱心に唱えていた竹中平蔵氏ですら、「そんなものないよ」と掌を返しましたしw
    そもそも、現在主流とされている新自由主義経済学ですが、その基となっている大前提が、「世の中の経済主体は皆、合理的な経済主体ばかりであり、貰った給料は全額必ず使い切る」とか、「金利を下げれば下げる程、企業はこぞって資金を借りにくる」といった、およそ現実とかけ離れた非現実的な経済理論ばかりなのです。
    こんなのに頼ってばかりいるから、元々、政府の支援などなくてもなんとかやっていける大企業だけしか、稼げていません。大企業にしか恩恵がないということは、何も役に立っていない、ということなのです。
    日本の企業数の九割は中小企業であり、彼等に恩恵がいかない経済運営というのは、失敗と言って良いでしょう。