新自由主義者と左翼の共通点

 小泉政権の構造改革論が全盛だった頃に私が疑問に思ったことの一つは、これまでの自民党政権に批判的だった左翼系論客の批判が鈍いことでした。
 このことについて少し考えてみたのですが、小泉構造改革論がこれまでの左翼系論客が論じた主要な自民党政権批判である財政赤字問題と行政改革問題に積極的に取り組む建前であったことだけでなく、小泉構造改革論と左翼系論客が似たような論理を駆使しているからではないかというようなことを漠然と思ったりしたものです。
 今回は、このとき考えた彼らの似たような論理を説明します。

①原則至上主義
 財政均衡や市場原理などの原則は遵守しなければならない、というような考え方なのですが、根本的な問題点としてその原則を遵守する根拠が希薄です。つまり、遵守するとメリットがあるとか遵守しないとデメリットがあるというような実利的根拠があるわけではなく、ただ「それが原則だから」ということだけが根拠であるに過ぎず、酷い場合では「原則どおりにすれば必ず成功する」と思い込んでいる者さえいます。

②進歩主義
 これは自分たちが進歩的であるという自惚れなのですが、同時に「社会や個人は進歩していかなければならない」というような考え方を持っており能力主義と政治改革志向が特徴であると思います。
 かつて左翼系論客は自らを進歩的知識人と称していたことがありましたが、新自由主義者の場合にもそうした構図がそのままあてはまるのです。したがって、時には彼らの言動や態度が相手を見下す姿勢をとる場合があることは、皆さんも既に経験済みのことだと思います。
 また、彼らが進歩的と考える事項についても共通点があり、自由主義、国際化、能力主義の辺りはどちらの場合にも前提として語られる部分であると思います。そして、これらはやはり原則して彼らに認識されているわけです。
 もっとも、これらは日本国民の一般的な傾向として進歩的とイメージされる分野であり、たとえばマスコミがグローバル化批判を取り上げる際に「一面ではそのような批判があります」というような限定的な扱いになる場合が多いのはこのためだと思われます。
 この点を考えると、新自由主義批判を行うには日本人の一般的な前提を覆す説明も必要であるという、少々難しい問題があることがわかります。

 なお、私の偏見かもしれませんが、彼らには共通してアメリカの契約書文化のようなドライな手法や人間関係も先進的に見えているような印象を持っています。直接確認したわけでもなく私の感想だけなのですが、もしそうなのならば人間関係や社会が窮屈になってストレスが溜まりやすい窮屈な状態となりますからメリットだとは思えず、私には理解し難い感覚ですね。

③欧米コンプレックス
 これは欧米のものは先進的かつ合理的でその上民主的だという思い込みです。
 左翼系論者にそれほど上手くいっているわけでもない北欧などの福祉国家支持者が多かったりするのは欧米コンプレックスのせいだと思いますが、同じ構図は新自由主義者にもあてはまります。
 それほど上手くいっていないどころか、失敗と言って良いサッチャー改革やレーガノミクス、ニュージーランドの政治改革を新自由主義者たちが賞賛しているのはやはり欧米コンプレックスにより、これらの改革が先進的かつ合理的でその上民主的だと思い込んでいることが一因であると私は考えています。つまり、「サッチャー改革などには上手く行かなかった面もあるが、方向は正しい。改革がなければもっと酷いことになった。」と彼らが強弁する動機の一つとしてこうした思い込みがあると思うのです。


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  • コテヤン@どうやら管理人

「新自由主義者と左翼の共通点」のコメント一覧

  1. 1
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    お久しぶりの寄稿感謝感謝です。

    私も過去に新自由主義と共産主義者の共通点なる分析をしましたが、彼らの行動原理は非常に似ているのですよね。親和性が有ると言っても過言じゃない。主義主張は違うようですが…
    つまるところイデオロギーに傾倒すると、原理主義的に陥りやすい…ということなのかもしれません。

  2. 2
    baiannmidareame やす  :

    >また、彼らが進歩的と考える事項についても共通点があり、自由主義、国際化、能力主義の辺りはどちらの場合にも前提として語られる部分であると思います。そして、これらはやはり原則して彼らに認識されているわけです。

    面白いですね。それら3つは彼ら左翼の方々が望んでいる?であろう「弱者保護」とは真逆に向かう考え方のはずなのですが、そこに矛盾は感じないのでしょうか。

    それとも私の考える「左翼」の定義が間違っているのでしょうか。

  3. 3
    jan2002 花のヤン  :

    >>やすさん
    >面白いですね。それら3つは彼ら左翼の方々が望んでいる?であろう「弱者保護」とは真逆に向かう考え方のはずなのですが、そこに矛盾は感じないのでしょうか。

    私が理解するに、左翼とは「人権思想」を至上命題と考える人たちです。
    つまり、人権思想における自由と平等を突きつめれば「結果の平等」や「弱者保護」といった一般的にイメージされる左翼の主張に行き着くわけです。
    それに対し、いわゆる新自由主義の方は自由な経済活動を主張する一方で、平等の方がおざなりなっている、といいますか酷いものになると積極的に所得や能力による差別を肯定しているわけです。
    つまり、新自由主義と左翼にはこうした明確な違いもあるのです。

  4. 4
    baiannmidareame やす  :

    >>花のヤンさん

    ありがとうございます。

    なるほど・・・となりますと、私などが考えるに、まだ左翼側のほうが考え方としては理解出来ますね。まぁポルポトなど世界の歴史が神ならぬ身で完全を求めると碌な事にはならないと教えてくれていますが・・・。

    進歩主義の問題ですが、私はなかなかこれを否定出来ないんです。もちろんその進歩が個人個人を競争させ、その勝者こそが正義なのだと言うような競争を肯定するものならば完全否定したい思いはありますが、そうではない個人個人がその能力に見合ったやり方、そして目標を立てるものならば、これは素晴らしいものであるように思います。

    そして歴史です。このブルーオーシャンに集う方々はどちらかと言うと「戦前」の日本人を肯定されている方が多いとは思いますし、私もそうなのですが、社会的、思想的、制度的にはどうでしょう。国民皆保険制度、年金制度、教育制度、様々なものがより国民の為に制度化されており、これほど素晴らしい社会を享受出来ているのも、人間社会の進歩ではないでしょうか。

    そして、左翼の方々が唱える進歩が全人類の人々の全てが現在の日本の生活を享受できる世界だと言うのならば、それはそれで素晴らしいとは思うのです。もちろん実現性やそこに至るまでの道のりを考えるだけでうんざりしますが。

    そう考えると左翼の人達はその考えが甘すぎるのと思考が短期すぎるのとを是正すれば理解出来ます。例えば世界の人々は平和を望み武器を持たない社会を望んでいるが、まだまだそこまで人間社会は成長しておらず、日本はその理想を持つつづけ世界に発信するためにも自国防衛に力を注がねばならない。そして未来において全世界の人々が現在の日本のように豊かで平和で社会インフラが整った生活が送れるようになることを目指し努力しながらも、そうなるためには世界の人々のその文化や歴史を尊重しながら、調整してゆく長い長い道のりがあるのだと覚悟を決めれば、それはすでに夢物語ではなくなるのだと思うのです。

    それに比べ新自由主義は最初から最後まで「私益」のみに囚われ、なんの人間的進歩も感じられず、野蛮への回帰そのものだと思います。それをもっともらしく権威づけし、さも立派な事を言っているかのようにしたり顔で述べている者をみると、正直反吐が出ます。

    う~ん、やはり私は戦後的価値観にどっぷり浸かってますね。

  5. 5
    jan2002 花のヤン  :

    >>やすさん
    >進歩主義の問題ですが、私はなかなかこれを否定出来ないんです。
    >もちろんその進歩が個人個人を競争させ、その勝者こそが正義なのだと言うような競争を肯定するものならば完全否定したい思いはありますが、そうではない個人個人がその能力に見合ったやり方、そして目標を立てるものならば、これは素晴らしいものであるように思います。

    私も同感です。
    ただ、無闇に「自己研鑽」が好まれる日本の文化的特質も新自由主義が受け入れられやすい原因の一つであるような気がします。
    そう考えると、日本人の意識と進歩主義の組み合わせには一抹の不安を抱かざるをえませんし、世間の抱く進歩主義に対して疑問を呈し掘り下げいく過程が必要であるように思えます。

    >それに比べ新自由主義は最初から最後まで「私益」のみに囚われ、なんの人間的進歩も感じられず、野蛮への回帰そのものだと思います。それをもっともらしく権威づけし、さも立派な事を言っているかのようにしたり顔で述べている者をみると、正直反吐が出ます。

    これも、まさに同感です。

  6. 6
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>やすさん
    >>花のヤンさん

    ちっとだけ進歩主義について横槍をm(_ _)m
    私は技術革新も社会の進歩も自然に行われるなら「良いことだ」とは思ってるんですが、問題なのは「特定方向に進歩していくはずなんだ!」というドグマ(独断的な教義、信念)やイデオロギーや史観じゃないでしょうか?

    例えば共産主義やマルクス主義は
    「幾つかの革命を経て資本主義から共産主義になるのだ!世界同時革命なのだ!」
    ですし、新自由主義は
    「ボーダレス社会なのだ!グローバリズムなのだ!国→ボーダレス社会→世界政府なのだ!」
    みたいな感じかと思います。
    なんというか史観が一方向というか、一方通行的というか単純というか。

    でも例えばこのまま新自由主義が進んで、企業が大きな権限を持ち、一部しか勝ち組になれない社会になるとしたら、それはむしろ進歩ではなく中世にでも戻ったかのような、格差という身分が生まれると思うんですね。
    ・・・・とおふた方の議論を見ていて愚考したのですw

  7. 7
    baiannmidareame やす  :

    >>花のヤンさん

    >ただ、無闇に「自己研鑽」が好まれる日本の文化的特質も新自由主義が受け入れられやすい原因の一つであるような気がします。
    そう考えると、日本人の意識と進歩主義の組み合わせには一抹の不安を抱かざるをえませんし、世間の抱く進歩主義に対して疑問を呈し掘り下げいく過程が必要であるように思えます。

    仰る通りですね。日本人は「自己研鑽」大好きです(笑)

    そういった性質をもともと持っている上に、戦後の「平和」「平等」という環境を享受しつづけた自分達が「国」に守られている「アメリカ」に守られている事を実は恥じていて、ことさら「自己責任」という厳しさを自分達に求めているのかな~なんて感じています。

  8. 8
    baiannmidareame やす  :

    >>コテヤン@どうやら管理人さん

    仰る通りですね。

    私は、共産主義に関しては、あのなんの社会的セイフティネットのない強い者に弱き者がいいようにされる時代の思想としては理解出来るのです。つまり始まりは多くの人々を救いたいという「善」の心から始まっていると思うのです。

    そして新自由主義に関しては、強い者が己たちのその私欲的行動を正当化する方便としか思えない訳です。つまり「悪」の心から始まっているのです。

    「善」の心と「悪」の心、両極端の思いから始まったとしても、結論は同じになる事が証明されたのです。

    人間の社会は全て「中庸」を持って良しとす。これに尽きるのかも知れません。

  9. 9
    jan2002 花のヤン  :

    >>コテヤン@どうやら管理人さん
    >でも例えばこのまま新自由主義が進んで、企業が大きな権限を持ち、一部しか勝ち組になれない社会になるとしたら、それはむしろ進歩ではなく中世にでも戻ったかのような、格差という身分が生まれると思うんですね。

    私も同じ意見です。
    これは、格差による人権侵害という意味と、格差による経済の非効率性という意味の二重の意味で本来の進歩とは逆行していると私は考えています。

  10. 10
    jan2002 花のヤン  :

    >>やすさん
    >そういった性質をもともと持っている上に、戦後の「平和」「平等」という環境を享受しつづけた自分達が「国」に守られている「アメリカ」に守られている事を実は恥じていて、

    余談ですが、私の考え方として「冷戦時代にアメリカが日本を守るのはアメリカの都合であって、日本が恩や引け目を感じる必要はない」というものがあり、むしろアメリカの都合に合わせて過ぎて日本が損害を被る可能性を危惧しています。
    無条件な同盟はないにしても、出血サービスは避けるべきでしょう。