分配論では国土への投資ができず、豊かさを持続できないのでは?

まず定義しておきたいのですが、ここで言う分配論とは国民への給付を通じて景気回復させようと言う論理です。
人によってまちまちですが、月に3~6万円という議論もありますし、逆に年間1000万円一回こっきりという議論もあります。

コテヤンはこの議論を否定するものではありませんが、自分の考え方としては最近「ちょっとどうかな?」と思う部分があるので書いていきたいと思います。
まずその前にリフレ理論も軽くおさらいを。リフレ派と呼ばれる人たちは「日銀が国債を買い取ってお金を刷り、マネタリーベース(お金の総量)を増やせば景気回復する!」という理論の人たちです。
これはすでにマイナス金利という政策によって、否定をされています。
何故か?つまりいくらお金を刷っても当座預金にブタ積みになるだけ、要は資金需要がなかったので失敗したという話になります。

では分配論は?といいますともう一歩進んで...

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  • noranekoma

「分配論では国土への投資ができず、豊かさを持続できないのでは?」のコメント一覧

  1. 1
    noranekoma のらねこま  :

    やはりバランスが大切だと思いますね。分配は消費財の生産を促しますが、生産財、特に社会資本の生産は促しにくいですからね。分配だけやればすべてOKなんて話はおかしいですし、逆に社会資本投資ばかりだと中国になってしまいます。なのでバランスが必要だと思います。これだけやれば全部OKみたいな超万能政策はないです。GDPは民間消費+民間投資+政府支出+貿易ですから、どれかに限定する必要はないわけです。