熊本の震災について色々情報が出てきました

熊本で4月14日震度7の地震が発生致しました。
まずは被災された方たちのご無事を祈念し、また亡くなられた方たちへの哀悼の意を捧げます。

現在出ている情報ですと亡くなられた方が9名、負傷された方が800名以上ということのようです。
今この記事を書いておりますのが4月15日の午前中ですので、まだもしかしたら余震もあるかもしれません。十二分にご注意いただきたく思います。
(この記事の寄稿時には死者40名以上、孤立1千人、避難者9万人との情報です。)

さて、この地震は改めて「日本が災害大国である」と認識させられます。
いつ何時起こるかわからず、どこに起こるかもわからない。一度見舞われれば死者、負傷者が出て避難する人も万単位になる。
これが日本という国の「国土条件」なのだと痛感させられます。

ならばこそ、日本はこの国土条件を正面から見据えたうえで、色々な対策をやって行くべきだろうと改めて思います。
30年以内に起こると言われている南海トラフ巨大地震や首都直下型地震、予見されているのであれば対策も可能ですし、いますぐとりかかるべきです。
前々から主張していますが、災害大国日本においては災害は戦争と同様です。発生が自然現象か人工的なものであるかだけの違いです。
国民の生命、財産が脅かされる、この意味で災害対策は日本に必要な安全保障なのです。

必要とは言い方を変えると需要といえます。マイナス金利、デフレ気味な経済、これらは全て「需要不足」から起きているわけですが、ちょっと現実に目を凝らしてみれば「巨大な日本という国土、日本という国、日本国民に対する安全保障」という需要があることは理解が可能なはずです。

大災害であれば自衛隊が出動するわけですが、その自衛隊への道を作るのは地元の土建業者だったりするわけです。
また現在のところ状況と情報が少ないですが、熊本地震にしても道路や家屋等々の破損を修復するのは土建業者です。

大災害で「家屋被害0」ですとか「インフラ被害0」は難しいでしょう。もちろんながら出来る限り強靭にすることは必要ですが。
こうなりますと災害からの早期の復旧が要となります。そしてその尖兵は土建業者以外に無いわけです。
ならば、平時から自衛隊に予算をつけるように、土建業者にも供給能力を維持してもらうために公共事業という予算をつけなければならない、しかもその額は十二分な供給能力を維持出来るだけの額でなければならない、というのも普通の話です。
「公共事業は無駄!」「儲かるのは土建業者だけ!」などという低レベルの話ではなく、安全保障としてそうするべきだと思います。

さらに首都直下型地震は東京一極集中の現状において、非常に危険極まりない話です。
地方分さんのために何をするべきでしょう?というとこれまた単純明快で、インフラ整備をすすめて日本を一つの経済圏に最終的には持っていく、という方法論が良いかと思います。
地方にいてもビジネスに支障がないならば、企業の多くは地方に分散することでしょうし、人もインフラが整備されれば地方へ分散することでしょう。
そしてそれは「安全保障」として政府が全面において推し進めるべき事柄です。

公共事業の供給能力維持は、災害大国日本における「国民の生命と財産がかかった安全保障の話」だと、沢山の方に認識をしていただきたいと存じます。


コテヤン@どうやら管理人
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「熊本の震災について色々情報が出てきました」のコメント一覧

  1. 1
    noranekoma のらねこま  :

    同感です。定期的に大地震によって無茶苦茶に破壊される先進国は日本くらいのもので、他の先進国とは違う考え方が必要とされても何ら不思議ありません。日本のGDPにおける土木建設業の比率を意識的に高める必要があると思います。多くの場合は復興が完了すると工事予算縮小に転じるわけですが、そうではなくて、震災が無い期間は、その余力を持って全国の耐震強化工事を行えば良いだけです。すると予算規模は長期間に渡って安定しますから、企業の長期経営計画が成り立ちます。ただし現場を追って全国に飛び回る覚悟は必要でしょうけど(余談。

  2. 2
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>のらねこまさん
    仰るとおりで、日本に必要なのは「現実をしっかりと真正面から見ること」で、その上で様々な議論をすることだと思うんですよね。
    仰っている予算の安定化だとか、平時の対策だとかもっともです。

    いわゆる構造改革論者だとか新自由主義論者だとかって、現実が見えてない、見ようとしてない気がします。
    現実よりも理論を信奉してるのかも…?