安倍政権に国家観がない証左と現実

>>ブログランキングで政治記事チェックor応援クリック国家観なき人々が追い求める国家観国家観とはなにか?「国家とはどのようなものか?」を定義する観念と申し上げられるでしょう。例えばその人なりの家庭観というものが存在し、それは「女性が家を守る」というものかもしれないし、「共働きで明るい家庭」かもしれない。様々あるでしょう。それを国家観という話にしてみれば、「強い日本」であるかもしれないし、「平和な日本」かもしれませんけれども、そこには厳然として「国家」というものが存在をしないと、国家観というのは語れないということになります。 家庭を否定しながら家庭観が語られることがないように、国家を否定しながら、もしくは破壊しながら国家観というものは語れないのは当たり前でありましょう。 さて、では種子法の成立、水道事業の民営化、もしくは各種のグローバリズムな政策の数々から見...

ご支援くださる方はクリック→