非合理性の捉え方(経済学の間違い)

あい、なんか哲学にはまり込んでいたと思ったら、次は経済学批判をし続けるという、気分屋なコテヤンです(笑)現代の経済学は「合理的な個人」という前提条件、フィクションに立って論を組み立てているというのは前に書きました。実際の実例としてどのようなことが上げられるか?ということを考えていきましょう。 一番最初に思い当たるのは「投資」と「イノベーション」です。経済学では個人が合理的なので、◯◯マインドなどという不確かなものは排除されます。つまり「人々が常に一定の姿勢で、投資機会をうかがっている」と仮定されます。でもね…商売人からいわせれば、そんなはずはないさ!!と直感的に思うんですけど、それを論理として説明しよう、というのが今回の試みです。[壁]д・)チラック、クリック…
さて、これを説明する前段階として「現象学的循環」の説明をしなければなりません。とは言ってもそんなに難しくないです。...

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