「量的拡大神話」から抜け切れない愚か者

世の中や社会では、「目的」と「手段」の混同や入れ替わりが起こってしまうことは、さして珍しくはない。
社会の良化を願って政治の世界を志していた者が、いつの間にか、政治家でいることに汲々としたり、画期的なビッグプロジェクトの立ち上げを夢見ていた者がドロドロの社内政治に没頭したりといった事例など枚挙に暇がない。これを経済の世界に敷衍すれば、さしずめ、“国民生活の向上のための経済成長”という「目的」が蔑ろにされ、“改革とか生産性向上”といった類いのどうでもよい「手段」の方が我が物顔で跋扈している昨今の風潮がピタリと当て嵌まる。こうした“絶対的改革推進主義者”が好んで引き合いに出すのが「潜在成長率」だ。彼らは、我が国の潜在成長率が日銀推計で0.2%、内閣府推計で0.4%(2015年度推計)と他の先進国と比較して著しく低いことを盾に、労働市場の縮小や設備投資の停滞による供給制約がある条...

ご支援くださる方はクリック→