大東亜戦争への道(後編)

>>ブログランキングで政治記事チェックor応援クリック >>本日のレシピへ今日は大東亜戦争の敗戦まで大東亜戦争の根本的に大きな原因は、グローバリズムによる1929年の金融危機、そして近隣窮乏化政策に舵を切ったブロック経済、そのなかでの国際社会の摩擦だとおもわれます。そして表面の現象としてはドイツ、イタリア、日本などの既存の国際秩序への挑戦として現れます。ドイツは莫大な第一次世界大戦の賠償金と、国内の高い失業率からナチス政権をうみだし、日本は欧米列強と競争して中国の権益を獲得したことで対立しました。とくにアメリカとの対立が決定的になったのは1940年~1941年であり、1941年11月下旬にハル・ノートを突きつけられ、とうじの東郷茂徳も外交交渉による解決をあきらめたようです。※ハル・ノート直前までアメリカは、じつは妥協案の提出に動いていたようですが、イギリ...

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