新自由主義は「極右思想」の社会実験

ちょっと強引ですが、新自由主義経済の位置づけについて書いてみます。世間ではイデオロギー的に右は資本主義、左は共産主義とされますが、対立軸をもう少しくわしく設定します。軸は右側が「自由放任・カネによる社会の統治」で、左側が「政府による管理・権力による社会の統治」です。この軸で分類すると、

極右 新自由主義
   ケインズ主義
   社会主義
   共産主義
極左 毛沢東・スターリン主義

のように並ぶような気がします。新自由主義が「極右」で、毛沢東・スターリン主義が「極左」です。新自由主義は自由放任であり、すべて神の手つまり「成り行きに任せる」わけです。そして公共の概念を弱め、インフラや福祉に至るまですべて民間で行うべきと考えています。資本主義的経済原理すなわち利潤を動機として社会を完全に統治する考えです。

一方で、スターリン主義は完全に政府が経済を管理しました。そして、一党独裁で異論者をすべて抹殺し、絶対的な権力で社会を統治しました。ここでは利潤を動機として一切認めませんので、社会は権力者の意思によってのみ統治されます。

あとは人によって考えが違うでしょうが、ケインズ主義は資本主義の欠点をカバーするために、公共つまり政府による管理を取り入れていますので、左にシフト。社会主義は市場経済や自由競争を否定していませんので、共産主義から右へシフト。共産主義は微妙です。なにしろ共産主義の国はほとんど消えてしまいましたので、穏健的な共産主義がどういうものかよくわらないのです。どちらかといえば、社会主義に吸収されるような気が・・・。

このように分類してみると、極右がナチスであるという世間の見方は、不自然かも知れません。政府による管理と権力による統治の状況を考えると、むしろナチスは極左にとても近い性質のものではないかとさえ思えるのです。ですから、極右と極左の再定義を行う必要があるかも知れません。世間の常識を変えるのです。

さらに考えると、新自由主義は共産主義と同じような「壮大な社会実験」なのかも知れません。これを「誰かが仕掛けている」と主張すると陰謀論になりますが、そうではなく、結果として社会実験になる恐れがあるという危惧です。

極左であるスターリンとソビエトは、壮大な社会実験を行って失敗し、多くの不幸を生み出しました。そして今度は極右である新自由主義が「自由放任・カネによる支配」という壮大な社会実験を行いつつあり、やがて多くの不幸を生み出すことになるのではないか。

新自由主義は極右思想であり、
その極右によって新たな社会実験が進行しつつある。
そんな気がします。


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「新自由主義は「極右思想」の社会実験」のコメント一覧

  1. 1
    yuruneko_blue ゆる猫  :

    こんばんは、初めてコメントします。
    どうぞよろしくお願いします。

    僕は政治はあまり詳しくないのですが、資本主義と社会主義(共産主義)との違いは、生産手段が国(共同体)によって、どれだけ管理されているか、ということになるのでしょうか。

    資本主義の場合、優秀な生産者(生産拠点)に多くの利益が集まりやすいシステムになっているため、劣った生産者がどんどん淘汰され、専門化・分業化が進み、技術が発達しやすい構造になっているのだと思います。

    反対に、社会主義・共産主義の場合、生産システムを国が管理しているため、物質的なムダが生じにくい、という利点があるかもしれません。(あまり共産主義のシステムを知らないので、単なる推測ですが…)

    日本の場合、主に都会に優秀な人材や労働者を集め、モノづくりで外貨を稼ぐ一方、その利益を生産力の低い地方に分配することにより、全国民が豊かな生活を享受できるという、いわば資本主義と社会主義のハイブリッドのような政策を、長く続けてきたわけですよね。

    おそらく、のらねこま様が言われるところの、「極右」の新自由主義政策の影響を受けることにより、そういった社会主義的な政策が難しくなってきたものと思われるのですが、ここまでの認識で大体合っていますでしょうか?

  2. 2
    noranekoma のらねこま  :

    >>ゆる猫さん

    コメントありがとうごさいます。新自由主義=極右というのは、世間的にはほとんど理解されないので半分ブラックジョークです(笑)が、新自由主義は極端な考え方であると思います。つまり何と呼ぶかは別として「極端な思想」だろうなと。

    当然ですが人によって考え方、受け止め方は異なりますが、自分が感じていることは、ゆる猫さまのご指摘されたことと、ほぼ同じです。効率性を求めすぎると必ず何かを失います。これは生物の進化も同様でして、進化に伴って特殊化が進行し、無駄を排して最高の効率を得て大繁栄を極めますが、最終的に絶滅します。人間が面白いのは、特殊化が比較的進んでいない点です。そのため環境変化に強いと言われます。

    話は逸れましたが、新自由主義が企業の利益最大化を動機とする資本主義の原理を究極に追求する思想だとすれば、集中や排除によって、社会全体としての利益追求が難しいのではないかと思います。

  3. 3
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>ゆる猫さん
    初コメントありがとうございます!キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
    どんどんコメントしていって下さいね。寄稿者も喜びますw私も喜びますw
    あと素敵な質問にのらねこまさんがほぼ答えてしまったので、私の答える隙はないですw

    >>のらねこまさん
    このコラムは一理あって
    「経済的な右とは新自由主義で、左とは共産主義」との考えは一般的です。(私の中では?)
    ただ…ややこしいのが、これはあくまで「経済のイデオロギー的に」という事になっちゃうんです。
    政治を含めるとどうなるか?と言いますと、端的にいうと「保守(政治的右)は新自由主義は認めない」(というか論理的にそうなっちゃう)話になっちゃってw
    非常に奇妙かつ変な状況に日本および世界が置かれているという、正にカオスな状況かもと思います。

    これが日本の右左、保守革新を混乱させているんだろうなとw
    実はココらへんはいつかコラムで取り上げなきゃ…と思ってたんですが、中々複雑ですw奇妙奇天烈どうなっとんねん?というw
    今度ココらへんについても私も書きたいなと。

  4. 4
    noranekoma のらねこま  :

    >>コテヤン@どうやら管理人さん

    >これが日本の右左、保守革新を混乱させているんだろうなとw

    同感です。マスコミが多用する「右左」「保守革新」という分類は、作文する上では便利なのですが、複雑化する現代の社会を語るには価値観が画一的すぎると思います。おそらく新しい分類が必要だと思いますが、それが定着させるのは難しいと思われます。おまけに、従来の混乱している分類の方が「むしろ都合が良い」と考える人もいるでしょう(おー来た来た、陰謀論w)。

    コテヤンさんのコラムをぜひ拝見したいですね。

  5. 5
    yuruneko_blue ゆる猫  :

    >>コテヤン@どうやら管理人さん

    おはようございます。
    政治と経済では、また違った理屈で動いているというか、なかなか利害が一致しない部分があるのでしょうね。

    関連しているかどうか分りませんが、僕が読んだ「資本主義の終焉と歴史の危機」(水野和夫)という本によると、1995年以降、アメリカが法制などを整えることにより、金融帝国としての要件を整備し始めると、世界中でインターネットを通じて自由に海外の企業に投資できるようになり、それにより、金融業が経済において大きなウェイトを占めるようになったそうです。しかし、それにともなって反対に先進国の労働者の賃金がどんどん下落していき、日本においても小泉政権の辺りから、確かに、経済成長と労働者の賃金の上昇との分離が見られるようになったそうです。

    つまり、今まで資本(お金)というものは、基本的に国境を越えることが少なく、国内での余剰資本は、国内の遅れた地域に投資されることが一般的だったのですが、海外に自由に投資できる環境が整った結果、投資家たちはより高い利潤を求めて、人件費や、地価の安い海外の発展途上国に投資するようになり、また、それにより、海外の安い製品が大量に国内に輸入されるようになり、国内でお金が使われにくい状況が生まれるようになったそうです。

    資本家や、あるいは収入がある程度保障されている公務員などは、これにより大きな利益を得たかもしれませんが、日本国内の製造業は、かなりの打撃を受けたものと思います。おそらく税収もかなり減ったのではないでしょうか。国内の労働力や、社会インフラにある程度依存せざるをえない製造業と違って、金融業というのは、基本的に世界中、どこにいても利益を上げることが可能ですから、金融業で稼いだ利益に高い税金をかけようとすると、資本は容易に国境を越えてしまい、結局、これによって国家が資本(お金)の力に屈服する状況が生まれてしまったのだと思います。

    ですから、今、我々が考えなければならないことは、お金とは一体何なのか?お金は果たして個人の所有物なのか、それとも公共の財産、社会インフラの一部なのか?ということではないでしょうか。新自由主義という考え方の根底には、明らかに、お金は個人の所有物であり、そこから上がる利益は、稼いだ人、本人のものである、という考え方があるように思います。しかし、本当にそうでしょうか。何にも依存せずに、ただお金だけを稼ぐという行為が、果たして可能なのでしょうか?

    国家とお金とは、どのように関わっているのでしょうか?あるいは、生産活動とお金とは、どのように関わっているのでしょう?本当にお金がなければ、生産活動をすることはできないのでしょうか?

    …重要なのは、お金ではなく、生産活動そのものではないでしょうか。それが失われたとき、我々の未来は消えるのだと僕は思います。

  6. 6
    noranekoma のらねこま  :

    >>ゆる猫さん

    うおお、土曜のすがすがしい朝に重いテーマ来ましたw。うおお重いw、しかし重大なテーマです。

    残念ながら、この疑問に対する答えは自分も探しているところであり、すっきりした解答を見出すには至っておりません。対症療法的ないくつかの対策など考えますが、体系的に原因と対策を構築するに至っておりません。おそらく新たな経済システムを構築する必要があると感じています。

    考察の一つの方法として、未来の経済システムがどうなっているかを想定するやり方があると考えています。そして、未来の経済システムが想定出来れば、近い将来の経済は、現在の経済システムと未来の経済システムの中間的なかたちになると思われますので、何らかのヒントを得られるかも知れません。おカネの意味についても、大きく変わる可能性があるかも知れません。

    >それが失われたとき、我々の未来は消えるのだと僕は思います。

    生産活動が経済そのものであることは疑いない事実だと思います。それに対しておカネをどのように機能させるか、あるいは、それに対しておカネの機能とはどうあるべきか、かなり難しいです。

  7. 7
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>ゆる猫さん
    う~んこれは中々答え難いですが…
    私は政治の論理としての善悪、ビジネスの論理としての善悪でビジネスのみが優先されているのが問題の根本かなぁ?と。
    実は第一次世界大戦前から第二次世界大戦前夜まで、今と同等かそれ以上の「第一次グローバリズム」といった状況がありました。
    なのでネットの普及だけが原因ではないんじゃないかなと(一要因ではあるかもしれませんが)

    なので私は「欲望vs道徳心」みたいな感じで捉えてますです。
    んで人間の際限ないお金への欲望に対抗する手段は、現在のところ国家や政治にしか無いんじゃないかなと。
    ・・・流石に貨幣経済を現時点で辞めるという選択肢は中々取り難いでしょうし…

  8. 8
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>のらねこまさん
    保守やら革新やら右左については、今度書いてみようかなとw
    でもこれややこしいんですよw本当にww
    保守と呼ばれてた層が新自由主義と一緒くたになっちゃったり、逆に左翼と呼ばれているものが「経済政策」だけ見れば保守だったりwww

    革新の思想はわかりませんが、保守思想から紐解いていくと新自由主義を信奉するものはエセ保守なのだと思いますw
    ちょっと今度書いてみますw

  9. 9
    jan2002 花のヤン  :

    >>コテヤン@どうやら管理人さん
    >保守やら革新やら右左については、今度書いてみようかなとw

    私は「左右」のフィルターを通して考えることには抵抗がありますね。
    「動機」を重視して私は考えていますが、「左右」のフィルターを通して考えてしまうとその「動機」がわかりにくくなるような気がします。

    また、新自由主義もまとまった主張ではなく論者により主張が異なるのではないかと思います。
    経済理論もあればリバタリアンかぶれも混在しており、まとめて批判するのは困難ではないでしょうか。
    彼らの個別の主張の一つ一つを検討批判するべきだと思います。

  10. 10
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>花のヤンさん
    なるほど~。
    えっと私革新の思想はある程度理解?してますが、ちゃんと理解しているのは保守だけでして、その観点からしか言及できませんのでご承知下さいませ。

    保守とは態度である、といったの誰だったかな…
    しかしある程度「政治的保守思想」と「経済的な左右」は大まかにですが分けて考えることが可能かと思います。
    そして問題にしているのは「保守」が「新自由主義」にかぶれて「保守足り得るのか?」という点であり(というか、それしか語れませんw私w)、経済政策の主張を保守と革新に分けようと言うわけではありません。
    (新自由主義だけは論外なのですがw)

  11. 11
    noranekoma のらねこま  :

    >>花のヤンさん

    正確性を求めるのであれば、花のヤンさんの仰ることも確かだと思います。
    ただし政治的な運動としての有効性に重点を置くなら、手法としてありのような気もします。マスコミや世間は「客観性」より「レッテル貼り」で動いているように思えます。結局のところ大衆を動かすには、残念ながら単純な分類法が有効だと思います。そもそも分類法は解釈に過ぎませんので、割り切って考えます。

    このあたりは、価値観が影響すると思われますので、嫌いな方はたぶん嫌いだと思います。

  12. 12
    jan2002 花のヤン  :

    >>コテヤン@どうやら管理人さん
    >えっと私革新の思想はある程度理解?してますが、ちゃんと理解しているのは保守だけでして、その観点からしか言及できませんのでご承知下さいませ。

    私が思うに、革新系やリベラル系の政治家の経済政策は総じてジャンクばかりです。
    新自由主義だけを批判するだけでなく、これらの「反自由主義だけどイマイチ」な意見を修正していくことも私は考えています。
    まあ、私自身が素人の範疇なので偉そうなことは言えませんが。

  13. 13
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>花のヤンさん
    >私が思うに、革新系やリベラル系の政治家の経済政策は総じてジャンクばかりです。

    う~ん…まぁ確かに。
    私の思考回路とは違う部分がかなりあるのは確かです。
    でも面白いのがあの左の共産党が「大企業の内部留保の活用」を訴えてたりと、見るべき点もあることです。
    (あ、これは別にその政策が正しい!と言っているわけではなくて、ストックに対しての課税は面白いなと)

    ただまぁ…新自由主義を駆逐できたらその後で「どーだこーだ」とやっても良いかもしれません。
    現時点で反新自由主義が内部分裂起こせばそれこそ、元の木阿弥ですからw

  14. 14
    jan2002 花のヤン  :

    >>のらねこまさん
    >結局のところ大衆を動かすには、残念ながら単純な分類法が有効だと思います。
    >そもそも分類法は解釈に過ぎませんので、割り切って考えます。

    なるほど、そういう考え方もありますね。
    ただ、左右フィルターを通してから見る手法がわかりやすいかと言えば疑問がありますが。

  15. 15
    jan2002 花のヤン  :

    >>コテヤン@どうやら管理人さん
    >ただまぁ…新自由主義を駆逐できたらその後で「どーだこーだ」とやっても良いかもしれません。
    >現時点で反新自由主義が内部分裂起こせばそれこそ、元の木阿弥ですからw

    たしかに、これはそうかもしれませんね。
    他の意見を批判するよりも、説得力のある意見を示して支持者を獲得していった方がずっといいでしょうから。

  16. 16
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>花のヤンさん
    保守や革新を論じてみました~
    http://anti-neoliberalism.top/10/13620/

    >説得力のある意見を示して支持者を獲得していった方が

    これは完全同意です。
    私見なんですが「嫌韓」「嫌中」してるから保守とか「戦争法案に反対」してるから革新とかもう意味わかめ的なw
    日本の知性がどんどん劣化してると感じます。

    本来的な保守とは?革新とは?から考察して見ないといけないんじゃないか?と思います。
    そして私は一応多分「保守」に周りから分類されるでしょうが、かと言って革新と対立する気もないのですw
    彼らが本来の革新であるならば。