結局、何が最大の問題なのか?

エイズ治療薬、いきなり55倍に値上げ  製薬会社が大炎上

http://www.huffingtonpost.jp/2015/09/24/overnight-increase-in-a-drugs-price_n_8188084.html

製薬会社「チューリング・ファーマシューティカルズ」のCEOマーティン・シュクレリ氏(32)が、エイズ薬「ダラプリム」の価格を現在の一錠13.50ドル(約1620円)から750ドル(約9万円)へ、およそ55倍に値上げすると発表したらしい。

その理由はこうだ。

もともとの価格にはマーケティング費用や流通費用が含まれていない。

製薬業界で生き残る為には、価格が見合っていない。

がんのクスリの中には50万ドル以上(約6000万円)の物もあり、まだ安い方だ。

その利益は、より副作用の少ないクスリの開発に使う。

そもそも、私たちのような小さな会社が利益を得られないならば、ダラプリムのようなクスリは存在していない。

もちろん、これは大騒ぎになったらしく、ヒラリークリントン氏は「言語道断」「価格の是正に動く」と発言した。

結果、製薬会社「チューリング・ファーマシューティカルズ」の株価は落ち込むこととなり、CEOマーティン・シュクレリ氏(32)は価格の再検討を行うと発言した。

「やれやれ、世の中には強欲な会社もあったものだ。このような会社はつぶれてしまえばいい。」と感じた方も多いのではないでしょうか。実は私もそう思いました(笑)

ただ、よくよく考えてみたのです。

「進撃の庶民」のsectetary-of-japansanさんはコラムにおいて、アメリカの医療をこう表現されています。

http://ameblo.jp/shingekinosyomin/entry-12087214780.html

>日本の皆保険制度とは全く異なり、むしろ自動車の車両保険に近い感覚で考えたほうがいいでしょう。

自動車保険と言いましても、様々あります。免責額の設定がある保険、相手が分かっているときだけ出るもの、盗難に対応するものなどですし、それにロードサービスの有無などもあります。
オバマケアの受け取られ方は、車両保険への加入を義務付けられ、また、免責額は5万円以下、盗難に対応しなければならない、保険限度額は100万円以上にしなければならないという法律を制定されたような捉え方をされています。

日本人の感覚であれば、「車と人を一緒にするな!」と感じられるでし ょうが、アメリカでは人間の体、特に他人の体に対する考え方は、その程度にはシビアなのです。そして、医療サービス提供側もビジネスと考えますから、そのサービス価格はビジネス的価値観で決められます。

近所の自動車修理店の価格が相手によって変わるように、アメリカの医療サービス提供者が自由に価格決定できました。とはいえ、それでは安心して病院に行けなくなるということで、マネージドケアという保険会社が指定する病院に行くと、そこで保険会社と相談しながら適切な価格で医療サービスを提供するという仕組みに変わってきました。

まったく仰る通りだと思います。

どうです?今、皆さんが加入されている自動車保険、年々値上げしていませんか?

それともネット申込みのアクサとかソニーとかに加入されたりして経費削減に努められたりしていませんでしょうか?

値上げに関して、他社に移ることは考えても、それを社会的不正義とまでは考えないのではないでしょうか?

そうなのです。

今多くの国々、少なくともOECD加盟国においては(アメリカ、メキシコを除く),すべての国で基本的保険サービス(もちろん国によって程度の差は存在します)における人口9割以上カバーを達成しているそうです。

1948年に世界人権宣言の第25章において宣言された

「全ての人は衣食住、医療及び必要な社会施設等により、自己及び家族の健康及び福祉に十分な生活水準を保持する権利並びに失業、疾病、心身障害、配偶者の死亡、高齢その他の不可抗力による生活不能の場合は、保障を受ける権利を有する。」

との理想を自国で実現するために、多くの国で、多くの人々が努力し、不完全ながらも制度を整えてきたわけです。

この問題は「国民の生命」に対する各々の国民、国家の価値観の問題なのです。

確かに過酷な製薬業界において生き残っていくのは並大抵な事ではないでしょうし、多くの費用を掛けねば新薬を創る事も叶わないでしょう。新薬を創り、多くの病気で苦しんでいる人々を救う。それは素晴らしい事です。

ただ、それを理由として、あまりにも高額な代物と成り果てれば、そのクスリは人々の希望ではなく、絶望となるのです。

自身が、家族が、我が子が、今病に苦しみ、助けを求めている状況で、そのクスリさえ手に入れば助けることが出来るかも知れないにも関わらず、あまりにも高額な為手に入れてあげることが叶わない。

それは本当に絶望でしょう。かっては日本においても治療費の為、家屋敷、田畑を売り払い、若い娘が「身売り」するといった事は珍しくなかったそうです。

私は、この製薬会社「チューリング・ファーマシューティカルズ」のCEOマーティン・シュクレリ氏(32)がとりたてて強欲なのだとは実は思いません。彼は彼なりに、この製薬業界の中で勝っていこうと必死なのでしょう。

最大の問題は今、アメリカの国民自身を苦しめている、このグローバルな自由競争と言う名の「弱肉強食」の論理なのではないでしょうか。

そして、自国の国民を守ると言う国家の正当な「盾」を捨て去り、唯々諾々とその弱肉強食の「論理」を受け容れようと言う象徴が「TPP」なのです。

国家や国民が「自由」よりも大切な価値観が実は存在し、その価値観の為には実は「自由」はある程度束縛されねばならない、と考えたとき、実は本当の「自由」を手にすることが出来るのかも知れません。

製薬会社が、現在の「自由」な、あまりにも「自由」すぎる環境から抜け出すことが出来るならば、彼らは今のようにあまりにも「高額」な要求をしてくるのでしょうか?

国家は国民の本当の「自由」を守るために、新たな「自由」の定義を考え、あえて国際協調を破ってでも、国民の本当の「自由」を守っていくべきではないでしょうか。


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  • コテヤン@どうやら管理人
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「結局、何が最大の問題なのか?」のコメント一覧

  1. 1
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    非常に興味深いコラムです。
    私も自由とは全面的に認められるべきものではない。規則や規制、ルールが有る中の自由なのだと思います。

    だれかが上手い例えをしてましたが
    「野球やサッカー等のスポーツはルールがあるからこそ、素晴らしいプレイに観客が感動するのだ」
    「規制や規則、ルールがあるからこそ自由が輝き得るのだ」

    自由とはそもそも「ちゃんとしたルールがあること」が原則の概念なのかもしれませんね。

  2. 2
    holyfirework 灯火  :

    全面的に支持します。
    究極の自由社会とは、弱者が不幸にしかなれない弱肉強食の世の中です。
    人間にとって最も心地よい自由とは、規制や福祉によって、生存権と生活、安心が保証された上での自由なのです。

  3. 3
    baiannmidareame やす  :

    >>コテヤン@どうやら管理人さん

    そうですね。きちんとしたルール、この場合、世界政府なるものはないのですから、各々の国がそれぞれの文化、習慣、制度など、その国の国民の多くが納得する国としてのルールをきちんと持つ事、そして他国はそれを尊重する事、それこそがルールと呼べるのではないでしょうか。

    最近思うのです、よく独裁国の国民を助けるべきである、と言った他国の人たちの感情は、それ自体は素晴らしいものだと思うのですが、実のところ、本当に実行した場合、その国の国民を幸せに出来る確率は低いのではないかと。

    そういった想いの届く範囲は、自国に限るのではないかと。その国において、起こった事の全てが自らの人生に関わる立場であって初めて、どのような事態になっても、ある意味、その国の人たちの諦めがつくのではないかと・・・

    「人間は生まれながらにして、幸福な人生を送る権利がある。」
    そういう世界であって欲しいとは思いますが、実のところ世界は矛盾に満ちています。

    人間はその集団、運命共同体の中の構成員として存在しうる限りにおいて、その運命共同体からの庇護を受ける事が出来るのであって、それこそが私たちならば「日本国」なのではないでしょうか。

    私たちが、この矛盾だらけの世界の中で、幸福で安定的な人生を送れるかどうかは、この運命共同体であるところの「日本国」をどれだけメンテナンスしていくかにかかっているわけで、自分達の乗る船のメンテナンスもせず、乱暴に扱い、そして海の状態も確認せず、航海しつづければ、いつかは沈むことになるでしょう。

  4. 4
    baiannmidareame やす  :

    >>灯火さん

    仰る通りです。本当に何のための国家なのか、その自覚を持つべきです。

    つまるところ、今の日本は「事大主義」に囚われてしまい、自身の足で立つと言う気概を失ってしまっているのです。

    TPP交渉国においてGDPをアメリカとほとんど二分する国家であると言う自負を失っているのです。

    国家として、国民の生活や日々の安全、安心は守るから、国家の危機の時は国民が立ち上がってくれと言う「運命共同体」としての役割を築いてゆくべきなのです。

  5. 5
    baiannmidareame やす  :

    今のグローバリズムの世界は、なぜかリングに連れ出され「さぁ、武器は持っていないから平等だ、戦え!」と「亀田興毅さん」と「私」が殴り合いするような感じですからね。勝てるわきゃない、ボコボコですよ。

    国家としての役割とは、「亀田興毅さん」と「私」の間に「ガッツ石松さん」がいて「OK牧場」とかなんとか言いながら、一緒に戦う「自由」です・・・

    なんか、違いましたね。すみません。

  6. 6
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>やすさん
    日本の自身喪失は本当に問題で、日米だけで世界の40%近いGDPという表現ができるほどの大国なのに、日本人は大国であることすら忘れてますねぇ…
    まるでかつての英国病です。

    んで私なんかは思想的保守が必要だと思うんですが…世の中どこを見てもエセ保守ばかりというw
    エセ左翼にエセ保守に…
    まともなのは一部だけ…なんじゃこりゃぁぁぁ?と思います。ということでその辺のコラムを書こうかなと。