議論とはなんだろうか?

色々コラムを書かせていただきまして、また色々議論させていただく日々を仕事の合間に送っております。
そこで議論と言うものについて、少し感覚的にわかってきた気もするので書かせていただこうと筆…じゃなくてキーボードを取りました(汗

日本語で議論に近い言葉っていくつかあると思うのです。
討論やすり合わせ、ディベートなどなど。

んで私の定義じゃなくてネットで言葉の定義を調べてみました。

摺り合わせ:いくつかの案や意見を、突き合わせて調整すること。「労使間の見解の―」(コトバンク)
議論:互いの意見を述べて論じ合うこと。また、その内容。「議論を戦わす」「議論を尽くす」「仲間と議論する」(コトバンク)
討論:ある事柄について意見を出し合って議論をたたかわせること(コトバンク)
ディベート:一定のテーマについて、賛否二つのグループに分かれて行われる討論。(コトバンク)

討論とは議論をたたかわせることであり、議論とディベートの間くらいの位置づけに思えます。
恐らくたたかわせる、ということは出来れば勝敗を付けたいという性質もあるのでしょう。
ディベートはさらに賛否のグループに分かれて、ということなのでむしろプレゼン能力が求められる、正しいか否かではなくどちらが上手くプレゼンし、反論が出来るか?ということなのだと思います。恐らく技術論的な部分が大きいのではないでしょうか?

摺り合わせを見てみますと、一番温厚で妥協を前提にお互いに調整し結論を見出す方法かと思います。

こうして見ていきますと議論とは「必ずしも結論を得なくていい」性質のものであります。
では何のためにするのでしょうか?

お互いに協調しながらお互いの認識を深め合う行為

だと言えるかもしれません。
(筆者はそう信じています。)

さてここから議論におけるTPOの話をしたいと思います。
例えば学者同士の議論であれば、お互いに難しい言葉を理解している前提ですので、難しい言葉が飛び交うことでしょう。
恐らく筆者が聞いていてもチンプンカンプンで
「何を宇宙語しゃべってはんねやろ?大阪弁でしゃべらんかい!(いや日本語で結構ですがw」
と思うはずです。

逆に街中のヤンキーが議論していたとしましょう。
「おまえそれチョーやべーって!ムリゲじゃね?」
これも「日本語喋らんかい(怒)論拠なんやねん(怒)」となるはずです。

では逆に学者が一般人相手に講演なり、動画なりでしゃべる時はいかがでしょう?
彼らは出来る限り一般人の知識で理解できるように、噛み砕いてわかりやすくしゃべるはずです。
それでも難解な部分というのはありますが…
※筆者なんかは進撃の庶民様のコメント欄で、「このコメント凄い!気がするが…一部理解が…追いつかん…」となった時に「簡単に言うとこういうことですか?」と聞いちゃいますw

つまりお互いの協調行為である以上、難しい部分はできるだけ簡単に翻訳という冗長性をもたせたほうが、議論というのはブルーオーシャンでは進むと思うのです。
(ただしどうしても簡単に説明しようとすると、文字数が多くなるという欠点はありますが…汗)

また難しい言葉が出てきた時に、理解が追いつかない方は「簡単に言うとどういうこと?」とお互いに確認し合ったほうが良いと思うのです。
筆者ははっきり言って難しい言葉を使わないのではなく、使えません(キッパリ
何故かと言うと、わからないからです(笑
※あまり覚える気がないのは、公然の秘密です(´・ω・`)シー!!

そしてその言葉の定義や意味を説明するのに、割と文章がいる時は寄稿して「こんな感じやで~」と示すのがベターなのではないかな?と思うわけです。
(これも議論している相手が、寄稿全てに目を通しているわけではないので、その都度URLを紹介する必要がありますが毎度コメント欄で説明するよりは簡易かと思います)
※筆者なんかは議論の中からコラムのネタを探している状態だったりします。そんなに引き出しが多いわけではないのでw

最後に繰り返しになりますが
「お互いに協調しながらお互いの認識を深め合う行為」
でありそれには
「お互いの言葉の疎通が不可欠で、難しい言葉は出来る限り簡単に、理解が追いつかないものは質問を」

ということでコラムを締めくくりたいと思います。

どうぞ皆様、ブルーオーシャンにて良い議論ライフを!!

P.S
今からですね、ブルーオーシャン宣伝動画撮るつもりなのです。
前のね撮ったやつ、ど~もしっくり来なくて。
もしかしたら今日中にあげられるかも?11/22には間に合わせたいのですねぇ。

これでさらにアクセスアップしてくれへんかなぁ…とか思っています。


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  • jan2002
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  • まさ

コテヤン@どうやら管理人
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「議論とはなんだろうか?」のコメント一覧

  1. 1
    baiannmidareame やす  :

    >「お互いの言葉の疎通が不可欠で、難しい言葉は出来る限り簡単に、理解が追いつかないものは質問を」

    ものすごく共感しました。

    私も相手さんからのコメントに返答するのに、まず調べ物から入りますから(笑)

    ある程度調べがつけば、ご返答させていただき、どうしてもわからない場合は・・・スルーしてしまいます(申し訳ない!)、どう考えても頓珍漢な返答しか思いつかないので、どうしようもないのです。

    ただ、これからはお相手のご迷惑も考えないようにして、私と同じくらいの知識の人たちが私の後ろには多く控えているはずと信じて、質問してゆきます!

  2. 2
  3. 3
  4. 4
    holyfirework 灯火  :

    >>やすさん

    すみません(>_< ) 議論するには、なるべく多くの人が分かりやすい言葉を使うように、もし、相手がわからないだろうと思ったなら、前もって分かりやすく説明するように、心掛けてほしいですね。

  5. 5
    noranekoma のらねこま  :

    自分はどちらかといえば「集団の維持」を重視する性格なので、摺合せに近い方法を好むんです。おまけに自分は冷静に議論できない性格だとわかっていますから、議論は疲れるので最初からやりません。多少の違いなら良いのですが、まったく正反対くらいに意見が違うと逃げますw。

    わからないことは質問しますが、「それはちがう」とか書きませんし、別の視点は提供しますが、反論はしません。それでは自分の疑問が解消されないかと言えばそうでもなくて、相手から提供されるいろいろな情報を集めるとそれなりに理解できます。基本的に独学で理解する性格なので、議論よりコミュニケーションの意味合いの方が大きかったりします。

    議論の好きな方には逃げだとか、遠回りだとか思われるでしょうが、人それぞれにやり方があるので、物事は議論しないと解決しないぞー、みたいな考えにはついて行けなかったりします。人それぞれですよね。個人的な話で失礼しました。

  6. 6
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>のらねこまさん
    それも一つの方法かと思います。
    結果的には認識向上に役に立つんですからw

    ・・・まぁ私は主催者的な側面が強いので、どちらかと言うと司会的な振る舞いもしますがw

  7. 7
    Gokai  :

    議論は、民主主義の為にあります。
    民主主義はすべての人に同じだけの権利があるという社会システムですので何が正しいのかを決定しなければ機能しないシステムです。
    したがって議論は、何が正しいかを決定して民主主義をできるだけ正常に機能させるための手段でもあるのです。
    もし議論を否定するのならそれは民主主義を否定するのと同義です。

  8. 8
    jan2002 花のヤン  :

    >>Gokaiさん
    >したがって議論は、何が正しいかを決定して民主主義をできるだけ正常に機能させるための手段でもあるのです。

    それは議論に期待しすぎのような気がしますね。
    たとえば、議論では「俺はその話や理論を信じられない」とどちらかが言い張る場面がよくありますが、この場合は何が正しいのかを決定するには至らないと思います。
    つまり、双方に相手の主張を受け入れる姿勢がなければ結論に至らないわけです。しかし、Gokaiさんもご経験上わかると思いますが、この「双方に相手の主張を受け入れる姿勢」という条件が成立することは非常に難しいと言わざるをえません。
    議論で結論に至るのは結構難しいものなのです。

    そして、今回のコテヤンさんの投稿も「相手の主張を受け入れる姿勢」を述べたものであり、すなわち結論に至る議論を目指すものであると私は理解しています。
    つまり、議論を否定しているわけではなく、むしろ実りのある議論を志向しているものだと思います。

  9. 9
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>Gokaiさん
    最近民主主義について勉強してるのですが、先進諸国でとられている手法は多元的民主主義という手法のようです。
    これは議論より摺り合わせに近いと感じられます。
    日本的に言うと阿吽の呼吸で、妥協点を探るみたいな感じだったりします。

    逆に民主主義において多数決至上主義を志向すると、全体主義に近くなるそうです。
    つまり民主主義にもバリエーションが有り、その過程において正しく機能するために熟議が必要なのですが、難しいのは熟議が必ずしも論の正否を判断できるわけでもないというところです。

    仰るとおり熟議は必要で少なくとも、熟議に耐え得る論であるという証明は出来るかと思います。
    議論とは真実に近づくための、仮説の検証の場とも言えるかもしれません。

  10. 10
    Gokai  :

    >>花のヤンさん
    >つまり、議論を否定しているわけではなく、むしろ実りのある議論を志向しているものだと思います。
    Gokaiの言葉の使い方がまずかったかもしれないです。
    民主主義に議論は欠かせないものだという意味ならばご同意いただけるかと。

  11. 11
    Gokai  :

    >>コテヤン@どうやら管理人さん
    >議論とは真実に近づくための、仮説の検証の場とも言えるかもしれません。

    まず、事実があって、その裏に真実があって、それらを踏まえて何が正しい手段や目標かを議論してよりよい社会を築くことに貢献するといった具合でしょうか?言葉の使い方としては。
    事実も真実も、この世界(宇宙)の営みの結果かと思いますね。
    それは誰もが知っていて、だからそれに逆らうことはしない、だからそれで心と心が繋がれる。

  12. 12
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>Gokaiさん
    前段は全く同じ見解で「どこかに答えがあるはずだ…」と思いますし、そしてそれを探求する精神が大事なのだと思うのです。
    しかしながら京大にはこのような言葉もあるようです(藤井聡教授の言葉から)
    「真実は少数派に宿る」

    これは結構、正鵠を射ていると思うのです。
    人間はハイデガーという哲学者が言うところの「本来性」「非本来性」(後述しますです)があって、殆どの人は非本来性が勝っている心なのかもしれません。
    ※非本来性とはワイドショー的人間と考えて頂けたら
    ※本来性とは真実を探求する学者、もしくはプラグマティックなコアを持っているというイメージかと。
    ※プラグマティズムとは真面目な報道番組をつくるジャーナリズム(が無いのも問題ですが…)的なイメージで本来の目的を見失わず、お天道さまに顔向け出来る姿勢の人たちみたいなイメージです

    そして上記が少数であること、これも踏まえて「どうやったらこの論広がるやろ?」という議論や思考も大事で逆に「全ての人が真実でつながっている、奥底では」というのは、私的にはやや違和感があったりするのです。

  13. 13
    holyfirework 灯火  :

    >>コテヤン@どうやら管理人さん

    全面的に支持します。
    この世の中、事実の見方も、真実の受け止め方も、人それぞれ違います。何せ、「橋下徹は嘘つきだ!」と言うと、「それがどうした!」と返される世の中ですからね。
    事実や真実を素直に認めて従う人ばかりなら、地球上に争いや喧嘩、揉め事は起こりません。警察も軍隊も武器も要らない絶対平和の理想郷になっているはずです。

    だからこそ、議論する際には、相手に分かってもらえるように、しっかりと分かりやすく説明しなければならないのです。

  14. 14
    Gokai  :

    >>コテヤン@どうやら管理人さん
    >「真実は少数派に宿る」
    >これは結構、正鵠を射ていると思うのです。

    真実は少数派にも多数派にもどちらにも宿るが正しいでしょう。

    >「全ての人が真実でつながっている、奥底では」というのは、私的にはやや違和感があったりするのです。

    まあ、民主主義が維持できる程度には“真実”でつながるとおもいますね。
    もしそれが邪魔されるとすればそれは学校教育や社会教育やマスメデアが悪用されたときでしょう、いまですね、w。
    国民が何が正しいかわからなくなっているようですから、今でしょ。

  15. 15
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>灯火さん
    >何せ、「橋下徹は嘘つきだ!」と言うと、「それがどうした!」と返される世の中ですからね。

    う~ん、この物悲しさ…本当に嘆いても嘆き足りないです(T_T)
    どうなってるんだ世の中は!と思ってしまいます。

    >>Gokaiさん
    >もしそれが邪魔されるとすればそれは学校教育や社会教育やマスメデアが悪用されたときでしょう、いまですね、w。

    ですね…w
    って結構笑い事でも無いんですが、ヤバイと思います。
    大阪のW選挙もある程度結果は予想していたのですが…
    http://anti-neoliberalism.top/11/23667/

    の後半にて今後のブルーオーシャン、進撃の庶民様の勢力拡大に必要だと思われるプラン、載っけてますです。
    Gokaiさん、灯火さん、その他の方々も含め後日一定程度、整理した大まかなプランをお示しさせていただきたいと思います。
    ぜひぜひ、皆様でご議論いただき、ご助言いただき3年後程度には「一定の勢力になれること」を目指したいと思っています。

    ちょっとだけ愚痴と本音吐きます。
    「あぁぁぁぁ…もう!なんで僕もう少し早くブルーオーシャンやらんかったんや~!!いま現状やと勢力ですらなりえへんわぁぁぁ…みとけよぉぉ?新自由主義陣営めぇぇ…」

    ・・・・大変失礼しましたm(_ _)m
    ちょっと酔っているようです(T_T)

  16. 16
    Gokai  :

    少し皮肉っておくとすると、
    議論において、真実でつながるかプライドでつながるか利益でつながるか、
    おそらくこの三つでしょうけど、
    真実以外で繋がる者が増えれば増えるほど
    その社会は崩壊に向かうって事じゃないかと思います。

  17. 17
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>Gokaiさん
    私は少々違う見解でして、勿論真実が大事で探求する姿勢は変わらないのですが、その過程における自由な言論空間と互いの尊重やそういったものが必要かなと。

    利益という考え方も価値観的な問題かもしれません。
    例えば「国民経済を良くして、日本全体として幸せになろうや」というものを利益、価値観と捉えることも可能かと。
    ・・・ここらへんは大変哲学的な話になりそうですが、私もそんなに詳しいわけではないので、あまり深入りしない方向でw

  18. 18
    Gokai  :

    >>コテヤン@どうやら管理人さん
    >利益という考え方も価値観的な問題かもしれません。

    ・利益じゃなく利害の言いまちがいでした、すみません。
    ・それはそうと
    ・Gokaiが真実を大事にするのは、この世界(宇宙)の法則に逆らったら人間は存在を続けられないだろって意味です。
    ・人と人の付き合いより、人はまずこの世界と協調すべきと思うからです。この世界と強調しながら民主主義(人と人の付き合い)を運営するが最善だろうと思います。

  19. 19
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>Gokaiさん
    利害なら十二分に理解のできる論だと思います。
    例えばグローバル大企業VS国民というように。

    >Gokaiが真実を大事にするのは、この世界(宇宙)の法則に逆らったら人間は存在を続けられないだろって意味です。

    なるほど、私なんかは逆に自分が結構ちっぽけと感じるので「いつか真実にたどりつけるんかなぁ…多分どっかにあるはずなんやけども…ウロウロ」と勉強をするたびに思ったりw
    まぁここらへんは捉え方とちょっとした価値観の違いなのかもしれません。
    少しでも勉強して、真実や比較的これが正しいんじゃないか?という探求をしていきたいなと。

    協調が大事っていうのは大いに賛同しますですし。

  20. 20
    Gokai  :

    >>コテヤン@どうやら管理人さん
    >なるほど、私なんかは逆に自分が結構ちっぽけと感じるので「いつか真実にたどりつけるんかなぁ…多分どっかにあるはずなんやけども…ウロウロ」と勉強をするたびに思ったりw

    橋下通る氏も自分がちっぽけと感じているからこそ、一生懸命にならざるを得ない自分がいると気づいているのかな?自分を鼓舞して、間違っていたらすぐころころ変える。
    彼は新自由主義じゃないでしょ。新自由主義は官僚の行動だと思いますね。
    育てないで、どうやって官僚を使える政治家が生まれ出るのでしょうか?可能性のある政治家を片っ端から潰してどうしますか?