政治における知性と政策における知性

最近の大きな政策の動きといえば、アベノミクス新3本の矢とTPP、農協改革といったところでしょうか。
しかし筆者には上記のような政策よりもっと必要な政策が、日本には沢山有るように思えます。

例えば緊急で言えば補正予算。
2期連続のマイナス成長で欧米では「日本がリセッション(景気後退)に入った」と判断しているようです。
これは欧米では常識の考え方らしく、日本のどこかの偉い人みたいに「景気が軟調でどうのこうので、ゆるやかな回復基準でど~のこ~の」とは言わないようです。
何かの記事で見たのですが、欧米からはアベノミクスはもはや失敗しているとの見方もあるようです。

このような状況下で過去を振り返れば「大型補正予算」を組んだほうが良いのは、火を見るより明らかなのだと思うのです。
2008年のリーマン・ショックの時に大型補正予算を3つも組んで、リーマン・ショックの余波を最低限に抑えた麻生政権を見習えばよいのだと思うのです。

TPPについては散々書いてきてるとおりですし、よしんばアジアの成長なるものを取り込むことが出来たとしても、それは短期の話ではなく長期の話になるはずです。
また農協改革については言わずもがな、農協を弱くする方向で日本の農業が再生するなど、普通はありえません。
何故なら農協で売られているサービスやモノは強制購入ではないためです。

それより必要なのは政府による農業の保護と、補助金によって日本の農業が「儲かるもの」にすることです。
若い人が参入しないのは単に「苦労の割に儲からない」からなのだと思うのです。

さて、アベノミクス第二弾でも分かる通り、日本の政治における知性の劣化は甚だしいものがあると筆者は感じます。
アベノミクス第二弾の掲げるものは「こうなったらいいな」という願望であり、具体的な政策ではありません。
つまり実は3つとも的であって矢ではない、といえるのだと思います。

またTPPについても、自民党の中で大きな反対論があったはずではなかったのでしょうか?
どうもニュースを見ていても、自民党の反対派が抵抗している様子はありません。
農協改革に至ってはその中身を何人の政治家が知っているのか疑わしいレベル、と三橋氏の著書には書かれております。

このことから「日本の政治の知性の劣化」が激しく進んでいるのでは?と思うわけです。
政治家の知性が劣化すればまた、政策における知性など期待できようはずもありません。

政治における知性、政策における知性とは具体的にどんなものでしょうか?
筆者は以下のように考えます。

1)過去の政策、方向性を検証する能力
安倍政権の当初では「瑞穂の国」といい「ウォール街と違う資本主義」と言っていたので、私は大変期待したものです。
しかしながら安倍総理は恐らく過去の検証をしてなかったのではないか?と思うのです。
過去の検証をしていたのならば、当初のアベノミクス第二の矢、財政出動がなされただろうと思うからです。

2)検証した結果を現在に活かす能力
結局のところ検証していなければ不可能なのですが、検証して現在に活かすとしてもいろいろな調整や人事等々が必要になってきます。
財政出動となればマスコミは批判的になるでしょうし、ここらへんの対策も必要です。
国のトップが懇切丁寧に、国民への説明をして初めて財政出動等々の「政治的になかなか難しい政策」が出来るのではないかと思います。
逆説的に言えば政治家は「選挙に受かるために国民ウケするワンフレーズ政治」をしているのかもしれません。

これは国民の問題でもあろうかと思います。

3)国と言うものへの深い理解、お金や経済、国の構造等々への理解
国政を預かる政治家が「国というものがわからない」ではお話になりません。
しかし今の国会議員の中に何人「国民国家とはこうあるべき、国民経済とはこうあるべき」と語れる方がいるのでしょうか?
非常に疑問視しています。

4)安全保障は何においても優先される、という至極真っ当なことへの理解
国というものへの理解があるならば、安全保障は国の最優先課題に位置づけられるものだと思うのです。
なぜならばそれは「国民が飢えるか否か」「国民の生命がかかっている」ので、国民国家として最優先事項になるはずなのです。

政治の知性の劣化、政策の知性のなさは中野剛志氏は「世界的なエリートの劣化現象」だと見ておられるようです。
これは恐らく中野剛志氏もそのエリートの中に身をおくひとりとして、そのような見方をされているのではないか?と思います。

逆に我々一般庶民は政治の知性の劣化は「国民の姿勢の劣化」だと見なければならないかもしれません。
しかしながらやはり、なぜ代議士がいるのかというと、国民は仕事で忙しいので「この人なら日本の政治を任せられる」と思い投票するわけです。
はっきり言って「細かい数字」を追ったり、諸々の事象を検証したりは仕事をしている国民のひとりとして、限界があります。

それをするための代議士だろうに…その代議士が劣化し、選択肢が無くなる場合、我々はどうしたら良いのだ?という疑問もまた頭をもたげます。
どうすればよいのでしょうか?筆者個人はそれを答えるすべを持ちません。

だからこそ議論の中で色々な気付きを得て、少しずつでも答えに近づきたいのです。
皆様にもご議論いただき、良い案や良い知恵等々を積み重ねていければ幸いです。


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コテヤン@どうやら管理人
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「政治における知性と政策における知性」のコメント一覧

  1. 1
    まさ まさ  :

    私はこのコラムに共感しました。拙ブログでも、取り上げて行きたいと思います。

  2. 2
    holyfirework 灯火  :

    同意します。
    今の政治家のレベルでは、あの収入に見合っていないと思います。ただ、国民のレベルに関しては、マスコミ報道の影響が大きいのですよね。もっと政治と政治家に感心を持って自発的に政治に関わっていけば、必ず国民が望む方向に変わるのではないでしょうか。

  3. 3
    まさ まさ  :

    >>灯火さん ただそのマスメディアが既に政府の手に落ちている と言うことを勘案しなければなりません。

  4. 4
    コテヤン@どうやら管理人 コテヤン@どうやら管理人  :

    >>まささん
    >>灯火さん
    マスコミは大きな要因ですよね。
    大手新聞社の社説を書く人なんてエリートだと思うのですけど、その人達の知性が劣化してるのか、それとも意図的なのか。